2015年3月8日日曜日

就職活動

真冬の札幌で、リクルートスーツ姿の学生をよく見かけるようになった。
3月1日からいよいよ今年の就活が本格始動するらしい。
懐かしいなぁ。

私も去年の今頃は、毎日雪のごとく降り積もる不安に押しつぶされそうになりながら、極寒の札幌、人混みの東京を行ったり来たりしていた。

就職活動を終え、1年弱が過ぎようとしているので、私にとって就活が何であったのかを書き留めておきたい。




一言でいえば、私にとって就職活動は、甘ったれて、現実から逃げていた私に活を入れてくれた、と思う。

【私が就活を始めるまで】

私は、大学1,2年生のころまで、国際協力師を目指していた。

小学生のころに住んでいたエジプトで出会ったその種の人間のかっこよさに惹かれ、あこがれていたからである。

私もそうなるんだと確信し、中学、高校、大学1,2年生は、国際協力への道しか見えていなかった。

そのために勉強したし、講演会にも出かけたし、海外にいってボランティアしたりした。

当時の中学生や高校生が「発展途上国を支援できるような職に就くことが夢です」と答え、講演会やイベントに参加すれば、その珍しさからちやほやされるのは当たり前だった。

「若いのにすごいね」、「若いうちから世界を股にかけて活動してるんだね」と言われる。

そのことに私は慣れてしまった。

どこかで、自分は「すごい人間なんだ」と思っていた。

でも、大学生の世界は広いもので、上には上がいるし、「国際協力」「グローバル学生」なんて珍しくもなんともなかった。

今時、国際協力サークルなんて大学の数以上にあるし、世界一周してる奴なんて5万といる。

すっかり自信を無くした。

見えていたはずの自分の進むべき道は一気に暗闇に包まれた。

気づけば、大学3年生。周りはみんな就職活動を始めた。

国際協力師を目指していた私は、そもそも、世の就活戦線になんて参加する気もさらさらなかったし、就活しようにもその自身も、気力も当時の私にはなかった。

どこへ進んでいいかわからない私は、路頭に迷い、「とりあえず」大学院に進んだ。

そして、流石にずっと学生するわけにもいかないな、みないな気持ちで、周りに流されながら、就活を始めてしまった。



【就職活動】
こんな感じだったので、そもそも、就職活動がなんなのかもきちんと考えることなく、就活に挑んでしまった。
しかも、1年先に就活が終わり、大手食品メーカーに内定し、みんなからすごい、と言われていた先輩が彼氏だったこともあって、私の就職活動は辛いものになった。

とにかく、彼より頑張らなきゃ、とか彼と同じように「いい会社」に入らなきゃ、とかそんなことばかり考えていた。

結局、大手食品メーカーにばかりを受けた。

50社くらいエントリーし、4月の時点で、4社になっていた。

食品メーカーは、3月末までに全て落ちた。

結局、残った4社のうち、3社からはほぼ内定をもらったから、よかったものの、私の就職活動は上手くいったとは言い難い。

上手く行かないのが悔しくて、どれだけ泣いたかわからない。


【就職活動で気が付いたこと】

4月初めの、絶望的な状況になって私は、ようやく自分の就職活動について、きちんと見つめ直すことをしたと思う。

私は、それまでの人生、ここぞというときに、失敗したことなんてなかった。

高校も、県下一の進学校で、旧帝大にぬるっと入れてしまった。

その学歴と、国際協力を目指していたときのチヤホヤされた経験のおかげで私は、褒められたい欲全開の人間になってしまっていた。

そして、私の経験を以ってして、入れないわけない、とどこか鷹をくくっていたとおもう。

世の大企業は、私を選んでくれると思っていた。

大企業の、しかも狭き門の食品メーカーに入れば、すごいって言われるんじゃないか、私の彼氏みたいに、と思ってそういう企業を受けていたのかもしれない。

自分が社会に出るときに、どこで、どのような形で社会にコミットしていくのか。

私が最高のパフォーマンスを以って社会に貢献できることって何なのか、どこなのか、を考えることが、就職活動なんだと気がついた。

大きい会社に入って、安定を手に入れ、会社に幸せにしてもらおう、とでも思わんばかりの受け身っぷり。

自分が、人の目を気にして、プライドばっかり高くて、そのくえ受け身などうしようもない人間だな、と思った。

人一倍負けず嫌いで、すぐに人と比べてしまうことが自分の首を絞めているということも、省みた。

自分自身が、自分自身の人生を通して、輝ける場所を探すことが就職活動なんだと気がついた。

【就職活動を通して】

結局、なんとなく始めた就職活動だったけど、私は、経験して本当に良かったと思う。

今の日本の就職活動は、就社活動だ、と揶揄されることも多い。

しかし、私にとっては、自分の人生の道をきちんと自分でかんがえて選び取る過程だったから、意味のあるものになったと思う。

一方で、就社活動になってしまいかねない現状も理解しているつもりだ。

日本のこの、高校、大学、会社、という人生のレールが一つしかないように見える風潮は、あまり好きではない。

もっと、いろんな道があって良いと思うし、実際にあるんだし、多様な道を知る就職活動であってほしいと思う。