2016年11月20日日曜日

東京中心主義

東京の人とは、話が合わない。

というと、とても語弊があるけれど、

東京(中央)中心に正解が回っている人の話を聞くと、大変な違和感を抱く。



いつから私は田舎者になってしまったのだろう。



そう強く感じたのは、高校のOB会でとある講演を聞いた時だった。

某民間営利企業で全国の道の駅の活性化事業に携わった方の講演だった。

話の骨子はこうだ。

・某企業で車事業に関わる中で、道の駅に出会った。

・しかし、当時の道の駅は、立派な建物を行政がつくり、運営は適当。民間に言わせれば、あり得ない(広報も、サービスもすべて改善の余地がある)状態。

・全国で道の駅がどんどんできる中で、道の駅同士の統一感はない。

・そこで、その某企業で、道の駅のブランド化に乗り出した。

・道の駅の売りは「田舎らしさ」。それを出すことのできる企画を考えた。

・道の駅の統一ロゴマークを作ったり、道の駅をめぐるツアーを企画したりした。

・道の駅に東京などの都会から人を呼んで、そこで買いたいと思うものを見つけてもらう。そして、それが東京で手に入るような仕組みづくりを目指した。

・地産地消という言葉はもう古くて、地産他消が必要という認識。

・一時的には活性化したが、結局9年で事業は頓挫。その企業は手を引くこととなった。

・理由は、行政と民間営利企業との様々な調整がうまくいかない事(民間営利企業は地方では嫌われる、と演者は言っていた)、採算がその企業の基準と合わなかった事だ。



学生の頃からまちづくりに関わったり、田舎の住人たちと関わったりしてきた私としては、この話、なんという違和感!と思った。

何せ、この話には、地元の人は一切出てこない。どこへ行ってしまったんだろう。

そこで、聞いてみた。

「地元の人ってどうしてたんですか?」

「地元の人は、無理だよ。関心ないしやる気もないもん。民間企業が入ってくるとやっぱり敬遠されるんだよね」



あーーー、気づいてない。

私の感じている違和感を、きっと地元の人も感じていることに気づいていない。




だって、強引すぎやしないか。

都会から人がやってきて、勝手にあなたたちのいいところは「田舎らしさ」ですよ、と評価し、勝手に都会から観光客を呼び、特産品を東京で売れ、という。

なんという勝手。なんという上から目線。なんという東京中心主義。




東京の人たちの観光施設のために野菜作って直売所やってるんじゃないんですけど。

東京の人に評価されるために「田舎」の暮らしをしてるんじゃないんですけど。

東京の人たちが「田舎らしさ」に触れるために、特産品を東京で売らなきゃいけないんでしょうか。



私は、地域の経済は地域で回っていけばよい部分もあると思う。

演者の言っている「田舎らしさ」は、おそらく田舎の人々の日々の暮らしで、彼らは日々のなんでもない日常のために、農作物を作り、魚をとり、漬物をつくっている。



もちろん、ブランド化に成功し、高付加価値の商品を東京に目がけて売っている生産者もいる。

でも、それは「特別なもの」であって、限られた人が限られた時にアクセスするものだ。




日々の食と暮らしを支えているのは、なんでもない普通の「田舎のくらし」だ。

それをなんでもかんでもブランド化することは、都会の人のエゴだと私は思う。

東京で「田舎のくらし」を売らなくたっていいじゃない。東京のために田舎は、地方はあるのではないのだから。




そしてなにより、地元の人を置いてけぼりにした、地方創生なんかありえない。

誰のための地方創生なのか。

それを考えることなしに、地方を語らないでほしい。


と、地方でしか暮らしたことのない私は思うのです。



そして、東京中心主義の恐ろしさは、


「東京の電気代が高くなるので、柏崎刈羽原発は動かしてもらわないと困る」とか、

「沖縄が米軍基地を担え」とか、

そういう問題にも現れていると思います。

地方の人間をなんだとおもっているのか、というのが近頃の私の不満です。






















2016年1月27日水曜日

不思議不思議

職場のオッサンたちと話すと、程度の差こそあれ、妻を養ってやってるぜ、的な人がほとんどです。

私の職場にいる35以上のオッサンの妻は、仕事を辞め、夫の転勤に帯同しています。

そして、彼らと結婚観の話をすると、男は女を養うもの、という意識が感じられます。

他方、そのオッサンたちは私に総合職として、金融マンの卵として、ある程度の期待をしてくれているのを感じます。

若い男性職員たちと同等に、もしくは私が院卒ということもあって、それ以上の期待をしてくれているように思えます。

そして、オッサンはみな口々に、うちの会社は女の人が働きやすいからね。

女の人も対等に働けるよ、活躍できるよ、というわけです。



大変不思議な現象ですよね。

自分の妻には、専業主婦をさせ(もちろん本人がしたいと言った場合もあるだろうけど)、養ってあげてる、少なくとも僕が養わないといけないんだ、と思っている。

他方で、私には職場の部下として期待をする。


でも、私もオッサンたちの妻と同じようにオンナであるのです。


なんという矛盾。

別の生き物だと思っているのかしら。


なんとも言えない違和感の中で私は毎日仕事をしています。



ここで誤解しないでいただきたいのは、私は、仕事をやめて養ってもらいたい、とは1mmも思っていません。

むしろ、私の彼氏は不安定な職にあり、私が養うかもしれないのです。

なんなら、オッサンがたと同じ立場になるかもしれないのです。


だから、私だってオッサンたちが歩んできたように、できるだけ仕事で評価されたいし、同期と競うように出世だってしたいし。

でも、オンナだからこそ(ほんとは、オトコも思うのかも)思うこともあるのです。


結婚したら出産して育休だって最低半分は取りたい。

半分は夫がとってもいいけど、半分は私が取りたい。


でもそうしたら、オッサンになりゆく同期に遅れをとるのではないか、そんな不安もあるわけです。


いわゆる"女"としての私と、一家の大黒柱になるかもしれないいわゆる"男"としての私の、この二重性は、私には、重すぎます。

少なくとも今の日本社会を生き抜くには。


どうして、誰もが、家庭も仕事も追及できる生き方が選べないんだろう。


欲張りなのかな。